
信号待ちでふと見上げると枝先いっぱい実を下げたプラタナス(鈴懸・すずかけ)。
実が山伏の着る篠懸の衣についている房の形に似ているから、
この名がついたといわれています。
灰田勝彦が歌った「鈴懸の径」は
1942年、作詞・佐伯孝夫、作曲・灰田晴彦(有紀彦)で戦時中にもかかわらず大ヒットし、 今に歌い継がれている名曲です。
昭和18年、学徒出陣も行われ、青春の思い出と夢を胸に秘め戦場へ送られた若者達の一時でも慰めになったのでしょうか。 美しい国、戦争に巻き込まれない日本を願う。
認識不足でペギー葉山の歌と思っていましたが、若き日に口ずさんだ歌のひとつです。
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